石鹸について
石鹼(石鹸・せっけん)とは、高級脂肪酸の塩の総称である。
工業的には、動植物の油脂からつくられる。 その製品には炭酸塩や香料などを加える場合もある。 特に純石鹸(じゅんせっけん)と呼ぶ場合は、脂肪酸ナトリウムや脂肪酸カリウムだけで、添加物を含まない石鹸を指す。
界面活性剤であるため、油などの汚れを洗浄できる。 また、細菌の細胞膜やウイルスのエンベロープを破壊するため、一部の病原体から身を守るのに有効である。
一般に水を溶媒として溶かして使用するが、全く水を使わない場合でも洗浄効果がある宇宙飛行士用に開発されたものもある。
歴史
動物の肉を焼いた際、滴り落ちた油脂を木の灰(アルカリ)が鹸化し、土にしみ込み、その土で手を洗ったら汚れがとれると気がついた、というのが発祥と言われる。
インド等では河川敷で火葬が行われる為、火葬場から人間脂肪由来の石鹸を得た洗濯を職業とする人達がいる。
最古の考古学的証拠としては、紀元前2800ごろのバビロンで発見されている。紀元前2200年ごろのバビロンの文献には、石鹸の製造法が記されている。
日本
日本には戦国時代末期か安土桃山時代にスペイン人かポルトガル人により伝えられたと推測されている。最古の確かな文献は、1596年(慶長元年8月)、石田三成が博多の豪商神谷宗湛に送ったシャボンの礼状である。
最初に石鹸を製造したのは、江戸時代の蘭学者宇田川棒斎・宇田川榕菴で、1824年(文政7年)のことである。ただしこれは医薬品としてであった。
最初に洗濯用石鹸を商業レベルで製造したのは、横浜磯子の堤磯右衛門である。堤磯右衛門石鹸製造所は1873(明治6)年3月、横浜三吉町四丁目(現:南区万世町2丁目25番地付近)で日本最初の石鹸製造所を創業、同年7月洗濯石鹸、翌年には化粧石鹸の製造に成功した。1877(明治10)年、第1回内国勧業博覧会で花紋賞を受賞。その後、香港・上海へも輸出され、明治10年代の前半に石鹸製造事業は最盛期を迎えた。1890(明治23)年、時事新報主催の優良国産石鹸の大衆投票で第1位になったが、全国的な不況のなかで経営規模を縮小した。翌年創業者の磯右衛門が死去。その2年後の1893(明治26)年、廃業した。彼の門下が花王、資生堂などで製造を続けた。
製法
製法は油脂鹸化法と脂肪酸中和法、エステルけん化法の3種類がある。
- 油脂鹸化法
- 牛脂、ヤシ油、オリーブ油などの天然油脂を水酸化ナトリウム(NaOH)を用いて鹸化して、多量の食塩を加えて塩析させて分離する。NaOHは海水や食塩水の電気分解でも精製可能である(塩素に注意)。原料油脂に前処理をしない古来からの製法で、釜炊きを称する石鹸はこちらによるもの。製品の質が安定しづらい代わりに、技術しだいでは個性的な成分の石鹸を作りやすくもある。
- 脂肪酸中和法
- 原料油脂のグリセリンと分離した脂肪酸をアルカリで中和させてつくるので、残留塩基がなくなり皮膚、粘膜にやさしい石鹸が簡単に得られる。安定した質の石鹸を大量に造りやすく、大規模メーカーの製造に使われる。なお必要ならば、除かれたグリセリンは後から添加する。
- エステル鹸化法
- 原料油脂にメチルアルコールを反応させ、エステル交換によって脂肪酸メチルエステルをつくり、これをアルカリで鹸化する。
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